【ブナ】Fagus crenata Blume ブナ属ブナ科
【分布等】 北海道西南部から本州、四国、九州の温帯に広く分布しており、冷温帯のことをブナ帯ともいう。 北限は北海道寿都郡、南限は鹿児島県肝属郡高隈山となっている。 垂直的には、北海道の海抜15mが最低で内地は2,400mに及んで生育しているが、良好な林相は、北海道50~600m、本州600~1,600m、四国・九州で1,000~1,500mに見られる。
【材質】 散孔材。本来心材はないが、一般に偽心材を形成。辺材は白色、淡黄色又は淡紅色。 偽心材は褐色又は紅褐色。 辺材・偽心材の境界は明瞭で、偽心材形は円形に近いもの、牡丹様模様又は広放射組織を呈するものなど様々である。 板目面はいわゆる樫目を呈し、柾目面は美しい紋様をなす。 年輪は明瞭。 材の保存性は乾燥状態にないものは特に低い。
【用途】 器具材、家具材、枕木、床板等建築材、ベニヤ板、漆器素地、玩具材、銃床材、箱材、パルプ材、薪炭材等多岐にわたる。
【生理的特性】 陰樹。結実豊凶は5~7年ごとに豊作を繰り返す。 中性の適潤地を好み、酸性地は適さない。 温帯北部において極盛相を形成し、成長は遅いものの、陽樹林に侵入し、ササ類・低木類の被陰下に成長を続け40年生頃から成長を早め周囲を圧倒して、次第にブナの純林を形成するようになる。
樹皮は樹種毎に特徴的で,葉が落ちた林内で樹種を見分けるのに役立つ。 表面がなめらかなもの,縦に剥げるもの,すべすべして薄皮が剥がれるもの,斑点やまだら模様のあるもの,縦に深い割れ目のあるもの,トゲが着いているもの,コルク質が発達したりそれが翼状に隆起したものなどさまざまで,樹木の顔といえる。
同じ樹種でも若木と老木,根元と枝では模様が変わることがあるが,樹皮による見分けは,花も葉もない時季でも一年を通してできる。
ブナの樹皮はなめらかな部類に入り,色は灰白色で独特の斑紋がある。これは「地衣類」とよばれる,藻類と菌類が共生した生物。 灰青色や緑色,暗灰色などさまざまな色をした地衣類の組み合せは,まるでモザイク模様である。
地衣類のつき方は環境によって変化する。 たとえば,日当たりの良い部分と日陰の部分では,地衣類の種類が違って色合いも変わってくる。そのため同じ模様をもつブナの木はふたつとない。
ブナの葉は,卵形で先が尖っている。 多くの木の葉がのこぎりの歯のようなギザギザした縁をしているのと違い,ブナの葉の縁は丸みを帯びた波状。 また,葉脈の先端が波状のへこんだところへ向かっているのもブナの特徴。
葉脈の先端がギザギザの尖った方へ向かっているミズナラなどと比べるとよくわかる。
多くの樹木は春から初夏にかけて一斉に伸び,枝の先端や葉の腋に芽をつくってその年の伸長を終え,翌春また芽が伸びるということを繰り返す。 通常,芽はできてもすぐには伸び始めずに,ある期間じっとしている。 これを休眠といい,休眠芽として越冬する。冬季の休眠芽はよく目立つので,これを特に冬芽(とうが,ふゆめ)と呼ぶ。
多くの場合、冬芽はたくさんの芽鱗をもっていて,芽の中を冬の寒さや乾燥から守っている。 冬芽はいわば来春伸びるであろう茎や葉が押し詰まった形で,芽鱗の中にしまわれている状態といえる。 外側にあって直接外気に接する芽鱗は褐色をしているが,内側のものはみずみずしさを保っている。 芽鱗の数は,樹種によって1枚から20枚以上のものまでさまざまだが,この数が樹種の同定のキー(鍵)になることがある。
ブナは芽鱗数が20以上あり針のように細長く尖っているのですぐにわかる。開葉が近づくと,芽はふくらみ鱗片は剥がれて風で散る
日本のブナ林は北海道南部の黒松内低地(長万部の北方)以南、本州、四国、九州に広く分布する。南限は鹿児島県大隅半島の高隈山である。 今日ではブナ林の分布は断片的なものとなっているが、かつて人間による伐採その他の開発が行われる以前は、日本列島の山地の中腹を広くおおっていたと考えられる。
温度条件の面からみるとブナの分布域は、暖かさの指数(WI)でほぼ摂氏45~85度の範囲内にあることが知られている。 暖かさの指数とは、月平均気温が摂氏5度以上の月について、各月の月平均気温から5度を引いた値を合計して求められる一種の積算温度で、今日、植生帯を区分する際に広く使用されている。
次に降水量についてはどうだろうか。 ブナを含むブナ属は、気温の年較差が小さく湿潤な、海洋的な気候下に分布する植物といわれている。 日本はほぼ全域が海洋的な気候下にあるといえようが、長野県を中心とした中部地方の内陸部には、年降水量が1000ミリ以下と少なく、冬の寒さが厳しい、大陸的な気候の卓越する地域も存在する。 ここはWIの値からみると、当然ブナ林があってもいいはずである。 しかし、実際にはほとんどみられない。 そのかわりに、二次林ではあるがカシワやコナラ、ミズナラなど他の夏緑広葉樹の優占する森林が広く分布しており、もともと、これらの夏緑樹林が極相林であったと考えられている。
降水量に関連し、日本のブナ林にさまざまな面で強い影響を与えているのが雪である。 周知のように、本州の日本海側は、世界的にも有数の多雪地帯である。 雪は物理的な圧力として植物を押さえつけ、あるいは破壊するという意味では植物にとってマイナスであるが、冬期の保温効果(厚く積もった雪の直下は、ほぼ摂氏零度に保たれ凍結することがない)や、冬から春にかけての乾燥が避けられるという点では、むしろプラスに作用する。 日本のブナ林の分布域は日本海側と太平洋側、両地域に及んでいるので、雪の有無によって、両地域のブナ林は種組成や構造、動態などの面でさまざまな違いを示すことになる。 このことは、日本のブナ林の最大の特徴といってよいであろう。
太平洋側と日本海側の気候環境の違いは、ブナ林の垂直分布域という面でも、両者に違いをもたらしている。 例えば箱根・丹沢山塊では海抜750~800メートル以上がブナ林となっている。この高さは、暖かさの指数でみるとちょうどWIが85度のラインに相当する。 これに対し、日本海側では下限が低くなっており、例えば新潟県村上市では海抜60メートルの地点にブナ林が成立している。 村上市付近ではWI85度のラインは海抜400~500メートル付近にあるので、高さにして350~450メートルも低いことになる。 これは極端な例であるが、海抜200メートル前後までブナ林が下りてきている例は中部地方日本海側の多くの地点で知られている。
一方、分布の上限はどうだろうか。例えば秩父・奥多摩山地では、ブナ林の分布上限は海抜1700メートル前後にある。これはWI45度のラインにほぼ相当する。 これに対し、多雪山地として知られる飯豊山地では、ブナ林の上限はほぼ海抜1500メートルにあるが、WI45度のラインは1400メートル前後にあると推定されている。 したがって分布の上限についても、日本海側では太平洋側に比べて100メートルほど上方へずれているといえそうである。
このように、太平洋側と日本海側では、ブナ林の分布域の上限と下限について、温度環境の面でずれがある。 その結果、太平洋側のブナ林が垂直的には1000メートル、あるいはそれ以下の高度分布幅しかもたないのに対し、日本海側のブナ林は1200~1400メートルに及ぶ、幅広い高度分布域をもつことになる。 原因については、積雪量や、冬から春先にかけての空中および土中の湿度など気候環境の違いが関与しているのはまずまちがいないところである。
しかし、他の要因、すなわち太平洋側と日本海側でのブナ自体の性質の違いや、両地域の経てきた地史的な時間スケールでの植生変遷史の違い、また、ブナ林の下方および上方を占める森林との競争関係なども考慮する必要があるように思われる。
【世界のブナ】 世界的には、ブナ属の分布は北半球温帯3地域(東アジア、アメリカ東部、ヨーロッパ暖・温帯の3ブロック)に分布するが、種を大きく区分した場合、アメリカ及びヨーロッパはそれぞれ1種、アジアのそれは8種以上とすることができる。以下、地史的なものを含め特徴を述べれば以下のとおり。
【東アジアのブナ】 日本 ブナ、イヌブナ 朝鮮 タケシマブナ 中国 タイワンブナ、テリハブナ、エングラーブナ、ナガエブナ、パサンブナ、チエンブナ、テンタイブナ
【北アメリカのブナ】 北アメリ力大西洋岸…アメリカブナ(メキシコブナを含む) 中新世からの形質を現在にまで伝え、他のどのブナの生育環境幅以上の温度、湿度領域に適応しており、現存するブナのうち最も古い形質を持っている。
【ヨーロッパのブナ】 ユーラシア大陸西側…ヨーロッパブナ、オリエントブナ 日本のブナによく似ているが、それよりも進化したものと考えられている。 しかし耐寒性は日本のブナが優れていると推定されている。
日本に分布するブナ属は、ブナとイヌブナの二種である。 ブナは鹿児島県以北、北海道南部の黒松内低地以南にかけてほぼ全国的に分布する。 これに対し、イヌブナは宮崎県以北、岩手県までの主に太平洋側の各県を中心に分布する。イヌブナは中国地方から岐阜県にかけては、本州脊梁の山地を越えて日本海側にまで分布しているが、石川県以北の日本海側には分布しない。 分布高度にも違いがあり、ブナがより高地に、イヌブナがより低地に分布する。
ただし、完全にすみ分けているのではなく、中間の標高域では、両者の分布域はかなり重複する。 ブナとイヌブナは葉脈の数、葉裏の毛の有無、果実と殻斗の形態、花粉の形態、樹皮のようす、樹形などによって、比較的容易に区別することができる。 このうち野外での観察にいつでも役だつのは、葉と樹皮の特徴である。 樹皮についてみると、ブナの場合は比較的つるつるして、色はやや明るい灰色をしている。 遠目には白っぽいが、樹皮に付着した地衣類のため、近づくとまだら模様にみえることが多い。 これに対し、イヌブナの樹皮は表面に皮目とよばれる小さな突起が多数あり、ざらざらした感じがする。 ブナよりは黒っぽい灰色で、地衣類はブナほどはついていないことが多い。 樹皮の特徴から、ブナのことをシロブナ、イヌブナのことをクロブナとよぶことがある。
次に果実についてみると、イヌブナのほうがブナよりもかなり小型であり、さらにブナでは殻斗が熟した果実全体をおおうのに対し、イヌブナの殻斗は小さく、熟した果実の半分ほどの長さしかない。 殻斗が果実に対し、このように小さいのは、ブナ属のなかでもイヌブナだけがもつ特徴である。 また、殻斗の柄の長さに注目して、ほかのブナ属の種との関係をみると、ブナは短くて直立する柄をもつグループ(短柄群)、イヌブナは長くてしなやかな柄をもつグループ(長柄群)にそれぞれ属している。
ブナとイヌブナは日本列島に隣接して、ときにはいっしょに生育しているが、ブナ属全体の類縁関係からみると、互いにかなり離れたところに位置づけられる種といえよう。
ブナとイヌブナは個体の再生、補充様式の面でも大きな違いがある。 つまり、ブナは自然状態ではふつう一本の直立した幹しかもたず、枯死した個体の補充はもっぱら芽生えの成長に頼らなければならない。 伐採すれば萌芽を出して再生することもあるが、自然状態ではほとんど萌芽しない。 これに対し、イヌブナは自然状態でもさかんに萌芽し、萌芽由来の幹による再生を行う。 すなわちイヌブナは、株のなかの大きな幹が枯死すると、同じ株のなかの小さな幹が成長して、枯れた幹の枝や葉が占めていた空間を埋めるのがふつうである。 大きな株は大小あわせて数十本、ときには数百本もの幹によって構成されている。 古い株では、中心部にあった古い幹が完全に枯死、分解してしまったために、株の中央部が空洞になっていることもある。
ブナの寿命は平均して200年程度、イヌブナは幹がブナより腐朽しやすいため、さらに短いと考えられるが、旺盛な萌芽再生能力によって、ときには1000年近くの間、1カ所に生育し続けることができると考えられる。
ブナ属のなかで、このような萌芽再生を行うことが知られているのは、現在のところ、イヌブナと韓国のタケシマブナ、中国のエングラーブナ(エングラーブナはタケシマブナと近縁で同種にされることもある)だけである。 ただし、アメリカブナなどはこれとは別に、長く横にはった根からの萌芽によって再生することが知られている。
多くの樹木は毎年同じように結実することはなく,年によって豊凶がある。 なかでもブナは結実の周期が長く,豊作年は5~7年に1回の間隔で訪れる。 東北地方から北海道渡島半島にかけて各地のブナ林で調べた研究によると,結実の豊凶はかなりの広範囲(例えば東北地方全域といった規模)で生じる。 ただし,地域的なずれも見られ、結実が同調する明確な区分はないと考えられている。
例えば,1990年や1995年は東北地方全域で豊作だったが,1992年は青森県など東北地方北部から渡島半島にかけての地域が豊作となり,一方1993年は山形県や秋田県など東北地方南部で豊作となっていた。 渡島半島でも1992年と1997年は全域が豊作だったが,1990年や1994年は一部の地域で結実することもあり,完全に同調してはいなかった。
ブナは開葉に先立って開花する。 日平均気温が6~7℃ぐらいになると冬芽が開き始め,灰色の羽毛のような雄花序が冬芽の聞から顔をのぞかせ始める。 さらに3週間ほどで黄色い紡が露出したパチンコ玉ほどの大きさの雄花序が垂れ下り,花粉が飛散する。 このころにはあずき大に発達した雌花序も確認でき,その先端には花粉を受ける柱頭が突き出しているのがみえる。
1つの冬芽に含まれる雄花序と雌花序の数は,樹冠の位置や年によって異なるが,雄花序4~5個,雌花序1~2個となる。 満開の時期は場所や年によって10日間程度の違いがあり,函館近郊では4月の末から5月の始め頃になる。
ブナの開花結実の開始年齢は,シラカンバやナナカマドなど他の樹種に比べて遅く,40~50年生,胸高直径が20~30cmとされている。 樹高では15~20mでちょうど林冠に達したあたりになる。 ただし,樹木の生育する環境条件によって影響を受けるため,林内に生えている樹木よりは,林の縁にある林緑木や道路わき,空き地などに孤立している孤立木の方が花の着きは良い。
受粉を終えた雌花序では種子をおおう殻斗(写真下)が発達し,若い種子を堅く包む。 殻斗は6月上旬には成熟時とほぼ同じ2cm程度の大きさになる。
殻斗の中にはふつう2個の種子(まれに3個)が入っている。 殻斗に比べると種子の成長はゆっくりで,9月ごろまで大きくなる。 種子が成熟し,10月を過ぎる頃になると,種子をおおっていた殻斗が先端から4つに割れて,種子の落下が始まる。
種子は脂肪分やタンパク質に富むほか,ナラ類やトチノキに含まれるタンニンやサポニンなどの有害物質を含まないため,動物たちのごちそうとなる
ブナの種子は,堅い殻斗におおわれてはいても,昆虫による食害の危険にさらされている。 実際,これまでに27種のブナの種子を食べる昆虫が見つかっている。 なかでもブナヒメシンクイ,ナナスジナミシャク,ブナメムシガ(正式名称は未定)は,ブナの未熟な種子を食害し,ブナの結実に大きな影響を与える。 年によっては開花したのち9~10割が虫害となり,健全な種子を残すことができない。
食害を受けた種子は,初夏から8月ごろに殻斗に包まれたまま落下する。 林内の歩道など下草が刈払われている場所では,こうした種子を見つけることができる。 種子には,ブナヒメシンクイの幼虫が侵入したことを示す直径1ミリほどの穴があいていたり,中の胚がナナスジナミシャクの幼虫により食べられ黒い糞がびっしり詰まっている。
渡島半島の6カ所のブナ林(函館,恵山,上ノ国,乙部,北桧山,黒松内)で1990年から12年間にわたり開花・結実現象を観察した結果,豊作になるには2つの条件を満たす必要があることが分かってきた。 ①雌花がたくさん咲くこと(第1条件)と,②雌花の量が前年の20倍以上であること(第2条件)。
これは「種子が非常に少ない年をつくることによって捕食者である昆虫の密度を下げておき,翌年たくさんの種子を生産すると昆虫の増加率が追いつかないために,捕食から逃れて健全な種子をたくさん残すことができる」というもの。 健全な種子を残すには,前年と当年(2年間)の雌花の開花量が重要な役割を果たす。
もしも,毎年同じ量の雌花を咲かせると,昆虫によってほとんどが食べられてしまい,健全な種子を残すことができない。 昆虫の捕食を避けて種子をつくるブナのかしこい戦略がうかがえる。
ブナの開花・結実は広範囲にわたり同調するため,開花には何らかの気象要素が関わっていると考えられている。 実際,花芽を分化・形成する時期の乾燥状態や気温が開花量に関係していることが,ヨーロッパブナなど様々な樹木で報告されている。
ブナについてはまだ解明されていないが,最近の研究によると,開花前年の4~5月の最低気温(夜の気温)が開花量に関わっていることが示されている。 1991年から2001年の乙部町のブナ林における開花量とアメダス(厚沢部町鶉)の気温データの関係では、ブナの開花量は前年の最低気温が平年なみであれば多く,平年より暖かいと少なくなる。
ただし,こうした関係は前年の結実が凶作の場合に当てはまるものであり,前年が並作から豊作であった場合(’93,’95,’98年)は,前年の気温に関係なく開花量は少なくなる。 多量に結実したことで樹体内の炭水化物等の養分が消耗してしまうこと,あるいは,種子から出されるジベレリン等のホルモンによって花芽の形成が阻害されるのではないかと考えられている。
以上のように,ブナの開花量の変動には春先の気温や前年の結実量が関わっていることが分かってきた。 しかし,原因については,このほかにも多くの要因が関わっている。 例えば,霜害や昆虫の食害によって落葉するなど大きなダメージを受けた個体では,翌年に突然花を咲かせることがある。 開花現象は,単独の要因やメカニズムのみでは説明できない複雑なものとしてとらえるべきことなのかもしれない。
また,結実が成功するには昆虫の密度を下げる開花量が少ない年が必要。 渡島半島のアメダスの気象データを基に,こうした開花量が少なくなるとされる平年より1℃以上も暖かい年が訪れる確率を計算すると,約6.4年に1回の頻度となる。 これはちょうど5~7年に1回とされる豊作年の間隔と一致し,結実の成功には,まれに訪れる暖かい年が重要な役割を果たしていることが分かる。
種子の落下は10月にピークを迎える。 豊作年における健全な種子の落下量は,林の成熟具合い(大きい個体がどれだけあるか)や林内での位置によってばらつきがあるが,おおよそ1haあたり200~500万個(200~500個/㎡),重量にして250~750kg程度。 また,成熟した親木からは数万~数10万個の種子が落下する。
落下した種子の多くは,それを食糧とする動物たちによって食べられる。 なかでも野ネズミによる捕食の影響が強く,秋から冬の間に大部分の種子は死亡する。 ためしに,ブナ林のササなどが生えている林床へ健全な種子(100個)を置いておくと,3~4日の内にほとんどが持ち去られたり,その場で食べられてしまう。 ササを人為的に除いて野ネズミが生息しにくくした場所では,種子の残り具合も多く,野ネズミたちの活動の強さを知ることができる。 ミズナラのドングリを用いた持ち去り実験では,1頭の野ネズミが一晩に約40個のドングリを運搬すると試算されている。 1haあたり30頭の野ネズミが生息していると,積雪下になるまでの60目間に72,000個/haが持ち去られる計算になる。
豊作年,餌に恵まれた野ネズミたちは,厳しい冬を生き延びて繁殖活動を行うため,翌春に個体数が急激に増加する。 しかし,豊作の翌年は必ず凶作となるため,いったん個体数の増加した野ネズミも,個体数を支えるだけの食糧を得ることができず,翌年には個体数が減少し元に戻ってしまう。 野ネズミたちの個体数の変動はブナの結実の豊凶に大きな影響を受けている。
野ネズミたちは,ブナの更新にとって重要な働きを担っている。 持ち去った種子はすべてが食べられることはなく,食べきれなかったり,埋めたまま忘れた種子がたくさんあるため, 翌春に,落葉層の穴や朽木のうろのなかに貯蔵された種子から,発芽してくる。 特にブナの種子は乾燥に弱く,雪の少ない地域や場所では乾燥すると,すぐに発芽能力を失ってしまう。 野ネズミたちの働きにより,地表の適当な深さのところに埋められることで,乾燥を避け,発芽しやすくなる。 ブナの方も野ネズミたちを利用して,自然落下だけでは届かない親木から離れた場所へ分布を拡げている。
種子を食糧とする動物たちには,野ネズミ以外にミヤマカケスやホシガラスなどの鳥類やクマなどの大型哺乳類がいる。 なかでも本州に生息するツキノワグマは食糧源の植物果実の豊凶(山の実の成り)が,行動圏を決めていることが知られている。
例えば,利用可能なブナ科種子(ブナ,ミズナラ)の落下量と有害鳥獣駆除による捕獲量には密接な関係があるとの報告もあり,凶作年には餌を求めて人里まで行動圏を拡げているようだと説明されている。
北海道に生息するヒグマについては,食糧を植物果実だけでなくアリやスズメバチやザリガニなどにも依存している面が大きいためか,ブナの豊凶と捕獲数の間には明確な傾向がなく,農業被害との関係についても証明されていない。
本州の太平洋側など融雪時期が早い少雪地では,春先に土壌の乾燥が生じるために発根途中の種子が死亡し,ブナの分布そのものが少なくなっている。 ブナは発芽の特性からみても,北海道や東北など多雪な環境条件に適応した樹種といえる。
ブナの種子が大量に落下する豊作年の翌春には,芽生え(実生)の数は1㎡当たり数100本に達することがある。 林内を歩いていると,林床の落ち葉の中に,小さな実生が隙間ないほどいっぱいに生えているのに出会える。 ハート形の子葉や本葉の形からブナだとわかる。
せっかく発芽した実生も,野ネズミたちや蛾の幼虫などによる食害,菌害による立ち枯れ,霜害,乾燥害,光不足など,さまざまな要因により死亡してしまう。 秋まで生き延びる実生は,やや明るい林床で50%,上をササなどにおおわれた暗い林床では10%以下まで減少する。 そして,1年目を生き延びた実生も,2年目以降少しずつ減少していく。
閉鎖した林冠下では実生は十分に成長できず,10~15年しか生存できない。 しかし,新しい実生が次々と発芽してくるので,年による変動はあるものの,林床には常に相当数の実生が生育している。 こうした状態は,何かの場合に 備えて銀行にお金を預けているように例えられ,実生バンクと呼ばれている。 ササの少ない林床では実生バンクが十分形成されたところにギャップ(林冠の欠部)ができると世代交代が進行する。
ブナの大木がうっそうと茂った森林は,「昼なお暗い原生林」といわれる。 しかし実際,ブナ林内には林冠木の枯死・倒木によって生じたギャップがかなりの割合(約20~30%)で存在するので,意外に明るい。
ギャップの形成は台風などの自然撹乱が原因で起こるものが多く,大木は倒れやすくなる。 大木の中には,梢の先が枯死したり,幹が空洞化したりといった老衰化を示す個体が多くある。 これらは自然撹乱にも弱く,死亡率が高くなる。
ブナ林ではギャップの大きさは平均して50~200㎡,最大でも500㎡であることが知られている。 これは林冠木1~数本の樹冠面積に相当し,ブナの世代交代はこの単位で起きていると考えられている。
いつ訪れてみても同じような林があるため,その動きを実感することはなかなか難しいが,実は森林はダイナミックに変化している。 ギャップの形成される速度は,林の成熟程度により異なるが,1ha当たり1年間に0.6~1.1本(41~82㎡)といわれている。 このペースで林冠が新しい個体に置きかわっていくとすると,約100~200年で森の全体を一巡する世代交代が起きていることになる。
世代交代する若木たちは,ギャップの形成される前後10~15年の約30年間に発芽した個体からなる。 若木たちは光と養分をめぐる競争を行い,この競争に勝ち残った個体だけが林冠木へと成長していく。
このようにブナの世代交代は,林冠木の枯死と若木の生存競争により起きているが,ササが密に生える林床では時間が余計にかかる。
ブナ林の林床には,日本海側ではチシマザサかクマイザサが,太平洋側ではミヤコザサなどのササ類が生えている。 こうしたササ型林床のブナ林を歩いていると,ギャップが形成されても,ササ原になってしまい世代交代の止まった,ブナが存在しないギャップが見つかる。 ササの繁茂により実生の生育条件が悪く,更新を妨げられている。
ブナはササとの競争でかなり苦戦しているようだ。ササ型林床のブナ林でササが大面積に枯死すると,妨げられていた世代交代が各ギャップで一斉に進行する。 ササが再びもとの状態に回復するまでの20年程度の間に済ませる必要があるからである。 ササの一斉開花と結実後に起こる枯死は,60年あるいは120年に1度にといわれているが,古文書などの推定による場合が多く実態はよく分かっていない。
最近の研究によると,ササの1個体は数百㎡レベルの規模にまで及び,広い範囲にわたり地下で繋がっていることが分かってきた。 開花・枯死の現象が,個体の一部で起きているのか,多数個体で同調して起きているのか,これまで謎だったササの大面積開花・枯死の解明が待たれる。 しかし,こうした現象も200年以上も生きるブナにすると,一生のうちに1~3回も経験することになり,世代交代の障害にはならないと考えられている。
温帯の標徴植物であるブナが北海道に上陸し、現在の黒松内低地帯に到達した時期については、花粉分析によりほぼ680年前と確定されている(坂口1989)。 現在、北限地帯のブナ林が北上を続けているのか、南下しているのか、若しくは停滞しているのかという問題を含め、ブナ北限の成立について、明治以降、幾多の研究者により様々な研究・学説が提唱されている。 これまでに提唱された主な仮説は以下のとおりである。
1 山火事説(本多1900) ブナは野火に弱いことから、石狩低地帯以南に生育していたものが、現在の地点まで後退したものとの推論。 気候的に見てブナ林の成立条件に問題はないことから、人為による山火事説による後退現象との理論付けは可能であるが、北限地域に位置する大平山においては標高930mまでブナ林が見られ、これを水平高度に置き換えると北海道全域がブナの領域となってしまい、そのすべてを焼き尽くしたとは考えられない。
2 種子分布歴史的沿革説(田中1900,南部1927) 温度、風、湿度等では説明できないことに着目し、種子散布により北限に到達したとする説。 最後の氷河期が終わって1万年が経過し、大平山や黒松内付近に到達して以降、低地帯における北上が停滞していたのか更に北上して行き何らかの原因により現在の地点に後退したのかについては、花粉分析等による今後の精細な研究を待たなければならない。
3 羊蹄火山群阻害説(古畑1932) 地質と植生の因果関係は深く、随所で表層地質の違いにより植生の北限となっている箇所が見られることから、新生代第三紀に成立した羊蹄火山群の噴火がブナの北上を阻害したとする推論。 この推論は、分布限界付近での寒暖といった気候要因以外に根拠を求めたところに特徴がある。 しかしながら、羊蹄火山群の噴火のみによる壊滅的な打撃には無理があり、また、羊蹄火山群成立以降の第四紀洪積世(後氷期)の火山地域においてもブナの生育は見られることから、地質的な要因による北限の阻害説には難点がある。
4 降水量制約説(塚田1982、植村ら1983、武田ら1984) 冷温帯湿潤気候の象徴的樹種であるブナの北限は、温度要因でないとすれば乾湿要因ではないかとの推論である。 これによれば、ブナは水要求度が高く、生育の限界とされる降水量を満たしている黒松内の北には阻害(乾燥)地域があることから、北上分布が停滞しているというものである。 しかしながら、黒松内以南においても乾燥土壌地におけるブナの生育が認められていること、及び現在・過去における温度と湿度の関係が欠落していることから、ブナ生育の制限要因である水環境をもってしても説明し難い。
5 気候特性反映植生配置説(吉良ら1976) 北海道平野部の全域が気候的に見ればブナの生育可能範囲にありながら、黒松内をブナの北限とする理由として、大陸寒気団の影響を強く受けていることに着目し、冷温帯落葉広葉樹林(ブナ林)とブナ欠如型落葉樹林が成立するという日本国有の植生配置によるものとする説。 この推論については、北欧においても温・寒帯の推移帯である針広混交林が見られることから、ブナを欠く冷温帯林の存在は、大陸的な冬の厳しい低温又は乾燥という現在の気象条件と関係が深いとはいえ、すべて説明のつくものではない。
6 ニッチ境界説(渡辺1985) 温暖,乾湿等の物理的な環境要因をもってブナ北限の成立が説明し難いのは、植物の分布限界が物理的な環境要因ではなく、同じような生態的地位を持つ樹木の種間関係で棲みわけが生じているとする説。 森林の構成を見れば、同一森林区域内であって肥沃で湿潤な場所を好む樹種と乾燥している場所を好む樹種があるなど、おのおの棲みわけによる共存関係が成り立っている。 ブナにおいても他樹種との優占層共有を排除する樹種であることから、同様の成立条件を持つミズナラ等との棲みわけが生ずることになる。 ブナの北方への移動に伴い、湿潤気候下での種特性が、混交林帯広葉樹(この場合ミズナラ)のそれと類似してきたため、両者は競争を排除する立場から生育領域を互いに分かち合うようになった。 黒松内低地帯は両者の力が釣り合った状態ということになる。 ただし、気候的な変動に伴い、将来この均衡は破れるものと考えられる。
【用語の説明】 ニッチ(生態的地位:ecological niche) 人間社会にたとえると、生活している場所が立地要素、職業がニッチ要素といえる。小さな町(森林にあっては寒暖・湿潤、地質等)であっても様々な職業に就いている人(森林では多種多様な樹種)が存在するが、例えば医者(この場合類似した種の特性を持つブナやミズナラに例えられる)についてみると、医者は、開業した地域の人口によって制約を受ける。医者としての職業が他の職業を持つ人の数によって制約を受ける。医者の職業を制約しているのは人口(資源)ということになる。この場合、内科医と外科医は 互いに専門の業を異にすることから、互いに棲みわけて、同一地域で生活することができる。要するに類似した種特性(ニッチ)をもつ2種が存在する場合、立地要素によって共存・排他の関係が生まれてくるというもの。
ブナの森の階層構造は,上層,中層,下層,地表草本層(林床)の4つの層からなり,つぎのような構造になっている。
上層 全般的にはブナが多いが,土壌が乾燥している所ではミズナラが多くなる。 ハリギリ,ホオノキ,シナノキ,イタヤカエデなども混在し,沢沿いなどの比較的標高の低いところではトチノキも見られ、標高が高くなるとダケカンバの割合が多くなる。
中・下層 アオダモ,ヤマモミジ,ハウチワカエデ,ナナカマドなどが中層を形成し,下層は落葉性のオオカメノキ,ノリウツギ,エゾアジサイ,オオバクロモジ,ガマズミ,キブシなどと,常緑性のハイイヌガヤ,ヒメモチ,ツルシキミ,エゾユズリハ,フツキソウなど。 そのほかにチシマザサやクマイザサの群落がともなう。
地表草本層 樹木がまだ芽吹かない,早春の明るい光を利用するものと,芽吹いたあとの,弱い光を利用する草本とがあり,カタクリ,エゾエンゴサク,マイヅルソウ,チゴユリなどと,シダ類のヤマソテツやシシガシラが多く見られる。
つまり上層には一番多くの光が当り,下にいくほど光の量は少なくなる。 上層の樹種は日向を好む種類で,下層には日陰を好むか,日陰でも育つ樹木が生活していることになる。
ブナの森の林床は,早春の樹木の葉が展開する前には明るい日射しが当り,夏には繁った高木の葉で暗くなり,秋には再び落葉の後で明るくなる光条件下にある。
早春に葉を開き花を着け,夏には眠りに入るカタクリはこのような環境下に適応しており,春の妖精植物として知られている。 キクザキイチゲなどニリンソウの仲間,マイヅルソウ,ユキザサなども同じような植物と考えられる。 また,林床は密にササ類で覆われる場合と,そうでないことがある。 このササの有無が林床の植物の生育に大きく影響しているようである。 ササの密生する所では林床の草本類は種数が少なく,また高木の稚樹もなかなか生育しない。
ブナ林の林床には沢山の落枝・落葉が見られ,土壌表面近くに腐植層が発達する。 このような場所には,葉緑素をもたない,ラン科のツチアケビやオニノヤガラ,イチヤクソウ科のギンリョウソウなどが発生する。 これらの植物は地下部の菌根菌によって栄養を得ており,光合成を行わない。 したがって葉緑素をもたないギンリョウソウは白色で,別名をユウレイタケと呼ばれる。
位置 寿都郡黒松内町字歌才北緯42°38' 東経140°19'
面積 92.43㌶
設定 保護林設定:昭和3年7月4日
趣旨 国有林野内において、我が国又は地域の自然を代表するものとして保護を必要とする植物群落及び歴史的・学術的価値等を有する団体の維持を図り、 併せて森林施業・管理技術の発展、学術研究等に資することを目的とする。
設定事由 本邦ブナの自生北限地帯における代表的な森林として、天然記念物指定もされているなど学術上価値の高い林分である。
地 況 【標高】40~160m 【方位】E~NE 【傾斜】6°~3° 【地形】沢~峰複合 【地質】泥岩質(黒松内層) 【土壌】褐色森林土(Bd) 【年平均気温】7.0℃(寿都測候所:過去12年間(S61~H9)平均.黒松内アメダスによる) 【年平均降水暮】約1,430mm(寿都観測所:過去12年間(S61-H9)平均,黒松内アメダスによる)
林 況 【主要構成樹種】ブナ58%、シナノキ14%、ミズナラ12%、イタヤ6%、カンバ2%、他L12%(他L:センノキ、キハタ、ヤチタモ、ウダイカンパなど) 【林齢】220~270年(推定) 【総蓄積】約27,500㎥(推定) 【㌶当たり蓄積】302㎥(推定) 【樹幹疎密度】中一密 【林内植生】別表参照
沿 革 林野庁保護林制度の中において、昭和63年に「学術参考保護林」として設定したものであるが、平成元年の見直しに伴い「植物群落保護林」に改称され、現在に至っている。
法 令 史跡名勝天然記念物(文化財保護法(文部科学省) 鳥獣保護区特別保護地区(鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律(環境省))
その他 原生的な森林生態系からなる自然環境の維持、動植物の保護、遺伝資源の保存機能を重点的に発揮させる森林として「自然維持林」に区分し、各々の特色に応じて、保全すべき環境の維持・形成を図るために必要な施業を行うこととしている。
位置 寿都都黒松内町字白井川 北緯42°42′ 東経140°23′
面積 20.00 ㌶
設定 保護林設定:昭和50年10月31日 保護地区設定:昭和63年10月27日
趣旨目的 【保護林】最北限に近いブナ群生地で、形質的にも良好で、地理に恵まれている。 【保護地区】北限のブナ林として、その植生が学術上極めて価値のあるものとして 保護することが必要な地区である。
地 況 【標高】150~320m 【方位】E 【傾斜】20°/15°~30° 【地形】沢~峰複合 【地質】新生代第三紀層花崗岩質 【土壌】Bd
林 況 【上層植生】ブナを主体として、オヒョウ、イタヤカ工デ、シナノキ、ダケカンバ、アズキナシ、ホオノキ、トドマツなど 【中層植生】ブナ幼樹、ナナカマド、サワシバ、トドマツ幼樹など 【下層植生】ササが優占し、沢沿はアキタブキ、キタアザミ、ヨブスマソウ、ハンゴンソウ、峰通りはオオカメノキ、フツキソウ、ヨウラクツツジ、スゲ類など 【㌶当たり本数】500~700本 【㌶当たり蓄積】160㎥ 【平均直径】26cm(ブナ50%) 【平均樹高】20m/16~22m
沿 革 明治39年模範林として国より譲渡され、明治45年当時より択伐施業地林分として扱われてきた。 昭和年代に2回程度択伐が実行されているが、ブナは群状に保残されている。 昭和50年、保護林指定後は施業外地(現特別施業林分)となっている。
その他 水源かん養保安林、特別施業林分
位置 磯谷郡蘭越町字名駒 北緯42°47′ 東経140°23′
面積 3.04ヘクタール
設定 昭和50年10月31日
趣旨 本邦ブナ生育地の最北限で、植物生態学的にも重要な森林で永久保存を旨とする。
地 況 【標高】550~620m 【方位】NW 【傾斜】25°/20°~35° 【地形区分】中腹~峰 【地質】新生代第三紀層凝灰角礫岩質 【土壌】Bd
林 況 【上層植生】ブナ、ミズナラ、タケカンバ、シナノキ、.イタヤカエデなど 【中下層植生】オオカメノキが多く、ノリウツギ、ツノハシバミ、ヤマウルシ、ヒロバノツリバナ、ミヤマガマズミ、ハナヒリノキ、ホツツジ、ツルアジサイ、イワガラミ、ツタウルシなど 【林床植生】ササが優先 【㌶当たり本数】150~200本 【㌶当たり蓄積】136㎥ 【平均直径】26cm 【平均樹高】17m
沿 革 明治39年模範林として国より譲渡され、明治45年当時より施業外地として現在まで施業はなされていない。本林は、昭和12年6月28日道有林30周年記念として永久保存林に指定されている。
植物は、気候等の環境因子による棲みわけとは別に、地質的な選択による棲みわけについても無視できない。 ブナは、特に石灰岩質の地質を好み、大平山はこれにあたる。
大平山は、ブナ北限地帯の島牧郡島牧村に位置し、標高1,190mの森林限界付近の900m付近までブナの生育が見られ、純林を形成している。 これは水平分布に直すと北海道全域がブナ生育帯を示すこととなる。 同じ北限地帯に存在する歌才ブナ林が標高100m程度であり、北限の水平分布についての研究がなされるのに対し、大平山のそれは垂直的な研究の題材として注目される。
また、ブナの純林としての形成はむしろ例外的なものとしてとらえるべきである。 表日本のブナは他の温帯樹種と優占相を分かち合う種間関係が見られ、裏日本のブナは日本海型気候の特色である豪雪という環境が他樹種を排除し純林を形成するに至ったと考えられる。
純林の形成に関し、豪雪という要因と地質的な選択による好事例としては、大平山のほか、南限に近い九州中央山地,五家荘石灰岩地帯に見られる。(渡辺1990)
■ブナの葉の大きさの地理的変異(萩原 1977) ブナの単葉の葉面積の比較をすると、太平洋側から日本海側、南日本から北日本のいずれの場合も大葉化が認められ、降水量の季節配分と生百高度の気温という環境傾度の複合という一定の生態環境に沿った連続的な地理的変異が明らかにされた。(萩原1977)
また、一個体当たりの総葉面積は日本各地のブナにおいて差がない(Nomoto1964)としていることから、葉面積と葉量の間には反比例の関係が成り立つものと考えられる。 このことにより、西南日本の小葉多数型と東北日本の大葉少数型とに区分することができる。 北限地帯のブナの大業型は、肥大成長、樹高成長ともに際だって速いことを意味し、融雪後の発芽時期に有利に働くこととなる。 これまで、北限のブナは他地域のブナよりも生長速度は2倍以上との研究もなされている。 他樹種との競争のほかに、生理的にも力学的にもいずれ限界に達するとすれば、成長の速い北限地帯のブナは他地域のブナよりも樹齢が短くなり、全地域の平均的な樹齢が250年であるのに対し、北限地帯のブナは170年前後と推定されている。(萩原1977)
北限のブナ林の特徴 北限や上限といった分布限界域においては、樹木の成長は、その種の分布中心域と比較して衰えるのが一般的だが、北限域のブナは限界域とは思えないほど樹勢がよい。
葉の大葉化 ブナの葉は北限域ほど大きいということが知られている。 融雪後の発芽時期にほかの樹種より早く開葉し、短い北国の夏に適応する。 単葉の面積は、南限域の約4倍の大きさになる。
稚樹の一斉更新 林内の遊歩道沿いや林周辺の林道沿いには、高密度の更新稚樹群(ブナの藪)が見られる。 また、黒松内の「添別ブナ林」は伐採後に一斉更新してできた二次林で、細いブナが高密度で生育している。 北限地域ではブナの更新適地の出現と結実年が重なれば、ブナが高密度で出現する。
まっすぐな樹形 「歌才ブナ林」では、最大直径が136cm、最大樹高26mにまで成長している。 下枝がなく、まっすぐに成長している。 これは、高密度で更新したブナが、盛んな伸長成長をしたためと考えられている。
成長が早く、寿命が短い 北限地域のブナは他地域と比べて成長速度が2倍以上の早さである反面、寿命が短いことが知られている。 ブナの平均寿命の250年に対し、北限地域は170年前後と推定されている。 実際、最北限のツバメの沢では、胸高直径が約80cmになると枯死していく現象が見られる。
その日は、6月にしてはとても暑い日でした。木々の葉が濃い緑のトンネルをつくり、エゾハルゼミの声が降るように響く森の中を、2人の男が笹をかきわけ歩いていました。 前を歩いているのは、山案内を請われた村人でした。農業のかたわら測量の仕事もしており、このあたりの地形については誰よりも詳しいのです。
そのうしろを行くのは、年の頃は50なかば、眼鏡に口髭、襟元にはきちんとネクタイをつけた紳士でしたが、足元はというと、はき古した山靴で、山歩きには慣れているようでした。
山案内は、小高い丘の上まで来ると立ち止まり、前方を指さして言いました。「先生、あれが歌才のブナ林です。」
そこには、白っぽい幹がひときわ目立つブナの木が見事な純林をなしていました。高さ20メートル以上の大木がすらりと伸び、上の方にだけこんもりと枝葉を広げているのです。 先生と呼ばれた男は、額の汗をぬぐいながら山案内の横に立ち、しばらくこのブナ林を眺めていましたが、やがて、「まるで北のヤシの木だ。」と、ため息をもらすようにつぶやきました。 それから、山案内の方を振り向くと、満足そうな笑顔で「ここで昼食にしよう。」といい、その場に腰をおろしたのです。
これが、歌才ブナ林と新島善直とのはじめての出会いでした。
歌才ブナ林は、北海道後志管内黒松内町の市街地近くにあるブナの原生林です。 温帯林の代表的な樹種であるブナは、大きな群落としては歌才ブナ林を北限として、黒松内低地帯付近より北では見られなくなります。 昭和3年、この歌才ブナ林は、北限のブナ自生地として、国の天然記念物に指定されました。 この選定にあたったのが、当時、天然記念物調査会の委員だった林学博士新島義直でした。
北限のブナ林としては、歌才のほかに2つの候補地があったのですが、はじめて歌才ブナ林を訪れた新島博士は、その外観を見ただけで林相のすばらしさに感動しました。 その後、新島博士は詳しい調査を行ない、調査会に次のような調書を提出したのでした。
後志国歌才ぶな原始林 ぶなの最北の分布区域にしてこの地以北に至りてぶなは明らかに消滅するものなり。 本原始林はほとんどぶなの純林にして黒松内付近に位置す。 本州より北上し来れるぶな林の極北端をなす森林にして、研究上重要なるのみならず、ぶな林の研究上においても、黒松内停車場付近にあるをもって至便なりと言うべし。 周囲はほとんど全く開墾しつくされたる土地中にかくのごときぶなの原始林を残留せるは奇蹟というべし。 よりて天然記念物として永久に保存し、植物学上の研究に利用すべきものなり。 (後 略) 大正11年10月
この新島博士の 調書にもとづき、歌才ブナ林の天然記念物指定が決定したのです。
新島善直(にいじま よしなお) 1871-1943
明治四年東京生まれ。東京帝国大学林学科を卒業後、札幌農学校(のちの北海道大学)の教授となり、造林学、森林保護学を教えた。 また、野幌林業試験場の場長、北大農学部付属演習林長を兼任し、トドマツ、エゾマツの育苗、森林害虫の防除などに功績をあげた。ドイツに二年間留学し、ドイツ人の夫人を伴って帰国、当時の札幌の人々を驚かせたという。 敬虔なクリスチャンであり、趣味も広く、特に短歌をよくし、ほとんど日記代わりに歌を詠んでいた。
最初は、太平洋戦争末期の昭和19年頃、新島博士がなくなってまもなくのことでした。 この頃すでに戦局は悪化し、国内の物資は極端に不足していました。 鉄も底をつき、船や飛行機も木でつくるほかなくなりました。 江別市にあった飛行機工場で木製戦闘機が制作されることになり、そのプロペラ用の資材として歌才のブナが供出されそうになったのです。 この時は、北方植物の研究で著名な舘協操北海道大学教授が、北限のブナの価値を強硬に訴えたため伐採計画は中止されました。
2度目は昭和29年、当時の村が、財政赤字を埋めるための財源として歌才のブナに目をつけ、天然記念物指定解除を働きかけた時です。 この話を聞いた地元住民の有志が、文化財保護委員会や衆議院議員など関係各所に、歌才ブナ林の恒久保存を訴える請願書を送りました。 その努力のかいあって指定解除は行なわれず、今日に至っているのです。